「そんな気がしてた」のこと of megmego

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Update2010-02-11

2009.3月、「そんな気がしてた Ver.D」という作品ができました。

川柳作家・菊池京とのコラボ 川柳と写真の作品で、小さな展示をしました。

菊池京との再会から始まったこの作品ができあがるまでの経緯などを記しています。

1.「みっち」との再会

DSC01592.JPG
菊池京(けい)と私はともに青森市出身の同郷。保健師学校の同級生だった。京は雅号(川柳におけるペンネーム)なので、私は普段彼女のことを、本名からのニックネーム「みっち」と呼んでいる。

学校を卒業後、二人とも新人保健師として青森県内の同じ保健所管轄の小さな町村にそれぞれ赴任した。私たちは新人研修でも仕事でも何かとしょっちゅう一緒になり、仲良くしていた。私は典型的なダメダメ新人保健師で、仕事もできなければカルチャーショックの連続である田舎の赴任先にもまったく適応できずに、何かとみっちをたより愚痴をこぼしたものだった。彼女は仕事ができすぎて、まだ新人なのに当たり前に先輩から際限なく仕事をふられるため、仕事を処理するスピードを空気を読んで調整し余計な仕事を受けないオーラを出す苦労をしているというような、まさに私と正反対の新人であった。4年間の青森での「おねえちゃん保健師時代」の彼女とのつきあいは、保健師としてのキャリアのスタート時に苦労を共有し、同時に若い女の子同士の楽しい思い出を共有した、とてもいいものであった。

私が15年前に上京し、それからは青森のみっちとは年賀状だけの付き合いになり、それぞれに仕事と生活で精一杯の月日が過ぎていった。一度みっちが仕事で上京して銀座で会ったが、その後会うことはなくなっていた。「帰省したら連絡します会いたいです」と毎年年賀状に書くのは決して嘘ではなかったけど、お互いにお盆や正月は嫁だの妻だの母だの娘だのといういろんな役割をはたさなければならないし、会うことは叶わないでいた。

2008年の彼女の年賀状で私が血液がんで1年病院にいたと彼女に知らせ、彼女からは非常に思いやりに満ちた返事をもらった。2008年6~7月の個展「快気内祝」のDMを、私はみっちに送った。仕事を持つ母親の彼女が、青森からおいそれとは来られないのはもちろんわかっていたけど、そして年賀状以外に今は連絡を取り合っていない彼女に、たいしたことない個展の案内を送るなんて仰々しくて迷惑じゃないのかとも思ったけど、なぜか私はみっちに個展を開くということ、写真を撮っているということを知らせたかった。

ほどなくみっちから便りが届いた。個展開催おめでとうという言葉とともに、私に渡しそびれていたという、一冊の句集。その句集が「菊池京」との出会いだった。

菊池京(けい)と私はともに青森市出身の同郷。保健師学校の同級生だった。京は雅号(川柳におけるペンネーム)なので、私は普段彼女のことを、本名からのニックネーム「みっち」と呼んでいる。

学校を卒業後、二人とも新人保健師として青森県内の同じ保健所管轄の小さな町村にそれぞれ赴任した。私たちは新人研修でも仕事でも何かとしょっちゅう一緒になり、仲良くしていた。私は典型的なダメダメ新人保健師で、仕事もできなければカルチャーショックの連続である田舎の赴任先にもまったく適応できずに、何かとみっちをたより愚痴をこぼしたものだった。彼女は仕事ができすぎて、まだ新人なのに当たり前に先輩から際限なく仕事をふられるため、仕事を処理するスピードを空気を読んで調整し余計な仕事を受けないオーラを出す苦労をしているというような、まさに私と正反対の新人であった。4年間の青森での「おねえちゃん保健師時代」の彼女とのつきあいは、保健師としてのキャリアのスタート時に苦労を共有し、同時に若い女の子同士の楽しい思い出を共有した、とてもいいものであった。

私が15年前に上京し、それからは青森のみっちとは年賀状だけの付き合いになり、それぞれに仕事と生活で精一杯の月日が過ぎていった。一度みっちが仕事で上京して銀座で会ったが、その後会うことはなくなっていた。「帰省したら連絡します会いたいです」と毎年年賀状に書くのは決して嘘ではなかったけど、お互いにお盆や正月は嫁だの妻だの母だの娘だのといういろんな役割をはたさなければならないし、会うことは叶わないでいた。

2008年の彼女の年賀状で私が血液がんで1年病院にいたと彼女に知らせ、彼女からは非常に思いやりに満ちた返事をもらった。2008年6~7月の個展「快気内祝」のDMを、私はみっちに送った。仕事を持つ母親の彼女が、青森からおいそれとは来られないのはもちろんわかっていたけど、そして年賀状以外に今は連絡を取り合っていない彼女に、たいしたことない個展の案内を送るなんて仰々しくて迷惑じゃないのかとも思ったけど、なぜか私はみっちに個展を開くということ、写真を撮っているということを知らせたかった。

ほどなくみっちから便りが届いた。個展開催おめでとうという言葉とともに、私に渡しそびれていたという、一冊の句集。その句集が「菊池京」との出会いだった。

2.「菊池京」の川柳との出逢い

DSC01311.JPGみっちが、「菊池京」という雅号で川柳という表現をずっと続けていたことをその時私は初めて知った。その句集、彼女が会員である川柳ゼミの合同句集の中の彼女の作品を見たときに、本当に衝撃を受けた。衝撃を受けたというような言い回ししかできない自分の語彙の貧困さを心底恨む。なんというか、うまく言えないけどとにかく一発でやられてしまった。


「倒立前転」と題された その20句からなる作品を目にして、興奮で胸も息もつまった。彼女の川柳には 心象と具象、自己と他、虚構の中の真実・真実に混ざる嘘、決意と迷い、色気と少女性。。とにかく相反するいろいろなものが全部破綻なく同時に存在していて、たった十七文字の中でそんなことをしてのけている菊池京の川柳に驚愕した。比喩と擬人、機知とユーモア。それに酔わされた。そしてその句たちが今の自分に圧倒的な共感をもたらし一瞬で心を奪われた。


彼女の句を幾度となく読み返した後、他に載っている会員の方達の川柳も全部読んだ。そして文芸としての川柳のもつ圧倒的な魅力を初めて理解した。一句だけで成り立ち、そして句がまとまってまた流れを創り出していく川柳。そして川柳には人生の陰影と、常に「自分て何なの?」ということが映っている。これって、写真とすごく似てるじゃん!と、そう思った。


菊池京の川柳をずっと眺めているうちに、私は、なんかこれ何とかしなくちゃいけないよという気持ちがぶるぶるとわき上がってきた。単純にいろいろな人に「ねえねえ川柳って超イケてんだよ!ヤバいよ!マジでいいよ!」と教えたくてたまらなくなった。


そして同時に、この菊池京の川柳に、おじゃまとはわかっていながら写真を合わせたい気持ちが抑えられなくなってしまった。菊池京の川柳から次々に触発されるイメージがあっぷあっぷに溢れて、もう私は嘔吐しそうなくらい、胸が嬉しい苦しさでいっぱいになった。もうこれは吐くしかない、作品にして出力するしかない。そう思ったら、もう菊池京を口説く方策を考えていた。

3.「そんな気がしてた Ver.D」のこと

DSC01593.JPGさっそく前のめりで菊池京に 二人で何かやりたいんだけど!とメールしたら、彼女はあっさりと了承してくれた。ほどなく私がお盆に帰省し、二人やりくりして会った二時間ほどの間に、私たちは本当にたくさんの共通認識を得て、お互いの今までを理解した。母となり仕事も続ける「生活」の中で、決して表現を手放さずに淡々と続けている彼女の力みのない姿勢に触れ、私はさらに彼女の句が好きになった。

川柳ってやっぱいろいろとお約束があるんだろうし、いろいろと各方面にコンセンサスを得なければならないのではないかとかそこまで考えていたけど、そんなちっちゃい心配は杞憂だった。私が 川柳と写真を一緒にして何か作りたい と提案したことを彼女はそのままにこにこと「いいよ~問題ないよ~」と言ってくれた。本当はいろいろあるのかもしれないが、とにかくそれは彼女にまかせ甘えよう。とにかく川柳に失礼のないものをやろうと、そう思った。

東京に帰ってから私は、このサイト内で「倒立前転」という菊池京とのコラボ企画を始めた。川柳とコラボって何?とサイトをみていない人に聞かれると「とにかくサイト見て!」と答えた。見てもらわないとわからないし、見てもらえばわかると思っていたから。川柳も写真も知らなくても、誰でも見ればわかって、ちょっとじわっと何かが気持ちに広がる そんなものを作りたいと思って始めた。

そうこうしているうちに、まとまって本の形にしてみたくなった。菊池京にあらたに句を出してもらい、それに私が写真をつけた小さい本を作りたいと話したら、彼女は30句と20句のそれぞれを出してくれた。どうやって二人で作っていこうかと思って考えていたら、彼女はセレクトも並びも題名も私に任せてくれるという。そんなことはできないよ、そんな失礼なことはできないからみっちが句の選定はやってよという私に「いいのいいの~めぐがやって~まかせる~」とまたまたあっさり菊池京は言う。深すぎる彼女の懐にびびりつつ感謝しつつ、川柳人ってケチはきっといないのだろうと思い、結局好き勝手にやってしまった。

21句という半端な句の数、句の中に出てこない言葉の題名。もう掟破りばかり。川柳関係者の方々、失礼あったらごめんなさい。。と思いながらも、でも自分ではとても満足した。わ~いわ~い!という感じ。菊池京への そして川柳への私からのラブレターが形になった小さな本を手にして、一人で悦に入った。

そして思わぬ縁で、青森にゆかりのある神田のお店の壁を3月貸してもらえることになったので、彼女のこの春の新しいスタートのお祝いに、ちらほらと小さく展示する。「そんな気がしてた Ver.D」 DはDryの意味だ。よくよく見れば意外と辛口 ドライなドラマという意味を込めた。そしてその壁を眺め二人で作った小さな本を肴にして、そして私たちふたりをまた引き合わせてくれた川柳と写真に感謝しながら、上京した菊池京と美味しいお酒を飲もうと思っている。

0016.jpgそんな気がしてた Ver.D

川柳:菊池 京

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DSC00844.JPG倒立前転


川柳:菊池 京

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