Duet 2005.08.29

ビル・エヴァンスがすごく好きなんだよね、とその男の人は言った。特に「アンダーカレント」が大好きで、このアルバムはビル・エヴァンスのピアノとジム・ホールのギターの二重奏 二人の掛け合いがとてもロマンティックで非常にセクシーだ、というようなことを力説していた。私ももちろんそれに異存はなかった。とても美しい有名なジャケット写真。アルバムとして完璧だと、そう思う。
その人から昔つきあった女性の話を聴いた。若い頃何年間か一緒に過ごして暮らしてもいた女の人が、ある日突然別れようと言って去っていってしまったと。その時は酷く傷ついて、その後何年も立ち直れなかったと。もういい大人になった今でも、なぜあの時彼女が別れを告げ去っていってしまったのかまったくわからないんだ、とその人は言った。
私はその人と知り合って間もなかったけれど、その彼女がその人から去っていった理由は、考えるまでもなくわかった。もちろんその人には言わなかったけれど。
彼は、ビルとジムの二重奏の意味を今もわからないでいるのだろうか。ジャケットの女の人は、沈みゆく直前の最期のひと呼吸か それとも浮かび上がって最初に飢えきった肺が必死に求める最初のひと呼吸か どちらなのだろうか。もう二度と会うこともないその人の顔はおぼろなのに、今でも「アンダーカレント」を聴く度に、私は肺に侵入してくる水に軽くむせ、幾度か息継ぎを大きくし直さなければならない。
Update:2009.06.11
男の本能 2005.10.02
写真は東京駅丸の内口。現在、駅舎を本来の形状に戻すべく工事中の南口の天上ドームの下。工事が始まるまではよくここでイベントが催されていて、この時は車のイベントだったのであろうか。レーシングカーとおねえさんが東京駅に突如出現していて、ものすごく違和感があった。
そしてもっと違和感がありすぎでドン引きしたのは、仕事帰りのサラリーマン諸氏がわらわらと、しかも無言で湧いて出て、携帯電話でこれまた無言で写真を撮り始めたことだった。おじさん達に向かい硬い笑顔をつくるコンパニオンのおねえさんを、にこりともせず、片手に通勤鞄をさげ片手で携帯を持ち、執拗に撮影するサラリーマンの集団。メインの展示物である車を撮影している人はほとんどいない。ひたすらおねえさんを撮る。撮影しながら携帯を細かく操作している様子も多々見受けられた。一体どこを、その小さなカメラで身動きもせずに、一体どこをズームしているのか。。
おねえさんは特に有名な人でもなかった。だけどおじさん達はすごく熱心に撮っていた。この人たちは普段は特にカメラ小僧でもなくレースクイーンマニアでもなかろう。しかし、レースクイーンっぽいコスチュームで若い女性が突如として通勤路に出現するという非現実な空気に、おじさん達はオスとして高揚したのであろうか。それともこのコスチュームは、男の本能として否応なく写真に納めさせたくなるものがあるのであろうか。私は女なのでそういう貧困な発想しか出てこないけど、もしかしたらもっと壮大な思いがあるのかもしれない。もしそうならごめんなさい。でもとにかく、見ててドン引きした。
この光景はマジでちょっとコワかったけど、でもまあ、きれいなおんなのこを撮るというのは男の本能のひとつであるなあと、この時まざまざと感じた。女は、通勤路にいきなりイケメンパラダイス的な男の子が出現しても、こんな風に撮ったりしないであろう。女のひとは、自分撮りが本能だと思う。自分にまつわるあらゆること、という意味での、自分撮り。
Update:2008.11.20
あをもり 2005.09.09
写真は私の故郷・青森市内の「青い海公園」というところで、アスパムというシンボリックな建物の周辺に広がっている。昔、地方博が盛んだった景気のよかったころ、ここで青函博が開催された。今は一年に一度ねぶた制作のための小屋が建ち並び夏だけ賑わうくらいで、観光名所の面影はない。3年前の9月、寂れ加減がいい感じで撮った。
今年、3年ぶりに帰省した。身内は皆、一時は私のために常に旅行鞄に喪服を入れておいたような心持ちのこの2年だったので、よくぞ帰郷を果たしたのノリだったが、私にとってもう一度故郷の青森に帰れたことは、夢のようでもあり、その真逆に、帰れると最初から決まっていたことのようでもあり、何か不思議な気分であった。そしていつものごとく、故郷は落ち着かない。
出てくるときは後ろ足で砂を引っかけ、捨ててきた勢いのふるさとである。いい思い出はほとんどない。かっこわるくて古くさくてダサくて、息苦しくてイライラされられて、自分がダメになってしまうという恐怖感で発狂しそうだった。上京後も帰省が嫌で嫌で、青森へ向かう時は盛岡を過ぎると気分が悪くなり、帰りの東京へ向かうときは仙台を過ぎると俄然息を吹き返した。青森には何もない、そう思っていた。
しかし、なんか最近はちょっと違う気がしている。
上京して長く経ち、確かにもう完全に住民ではない。でも完全なる旅人でもないのである。街を歩けば、そこかしこに自分の影や思い出の残骸やら欠片やが落ちている。それを拾い上げてしげしげと眺めると、それらはもう変質や風化をしているので違和感はあるのだけど、確かに私の影や思い出の面影を残している。その奇妙な、違和感と懐かしさのマーブル粘土の玉みたいなものが、青森の街を撮っているとあちこち写るのである。写っちゃったらしょうがないから、写真を撮ったついでにその玉を拾ってしまう。 そんな感じ。
居心地が悪く坐りも悪い。それが私のふるさと。
無条件に「ふるさと大好き!」と言える人が羨ましかった。
でも今は、そういう違和感ありありのふるさとでもいいかな、とも思う。
あおもり、じゃなくて あをもり。
そういうことで、なんとなく、すべてがいいようになっていくんだなと、そんなことを。
Update:2008.09.03
果たさぬ約束、果たせぬ約束 2005.08.21
もう記憶はおぼろげで、何を約束したのかいちいち細かくは覚えていないのだけれど、、それらの約束のもつ口当たりの良さに、その時かすかに違和感を持ったことは、はっきりと覚えている。
だけど馬鹿正直な私は、「約束するよ」というその言葉を言葉通りに信じていた。今思えば違和感を感じた本能が正しかったのに。約束が、気休めやその場しのぎの言葉に容易になると、いい年をしてわからなかったのだ。最初から果たすつもりのない約束もあるのだと、痛い思いをして初めて知った。38にして、ねんねだった私。3年前である。
そして病気になった。「必ず元気になるよ」「また写真をいっぱい撮るよ」「必ず個展をするよ」「またみんなで快気祝いをするよ」私は言った。しかし、そのどれもに現実感がまるでなかった。「私は必ず約束は守る女です」と口では言いながら、そのどれもが果たせる約束のような気がまるでしなかった。しかししかたがないと思った。明日の命もあやふやな私が、果たせる気がしない約束を皆としたところで責める人はいないだろう。そう思うと、すまない気持ちと同時に、どうしてかわからないが晴れやかな気持ちにもなって、ベッドで一人、ふふと声を出さずに笑ったりしたものだった。
しかし、それらのいずれの約束をも、私は果たした。
約束というものは、果たされる意味というものがあるときに果たされるものかもしれない。
Update:2008.06.14
あなたを閉じこめたい 2005.08.24
2005年の夏は、息が苦しかった。一面緑の藻が覆う沼の下で、頭を出そうと必死にもがけばもがくほど泥水をごぼごぼと飲み込んでしまうような感じだった。上下左右に行き場がないように感じ、このままでいられるわけがない、こんなこと続くわけないという声がいつも頭の中でしていた。「もう死に体だから死にたいよ~」「なんかもう何もかも捨てて出家したい」とお酒を飲んでへらへら笑いながら言っていた。
これは芸術新潮かなんかに載っていた広告だったと思う。「押し花にして閉じこめられるなんてロマンティックだな」と思った。押し花という命的にはもうないような感じのするところも、安易な死への憧れと相まってなんかいいなと思った。
1年後、私は死に至る可能性の高い病にかかり、クリーンルームという部屋に閉じこめられた。出家したいという念願も叶い、髪の毛は抗がん剤ですべて抜けて丸坊主になった。写真のようにロマンティックな押し花にはなれず、地獄の底をほふく前進する日々を過ごした。言霊というものは、確かに存在する。
Update:2008.05.31

